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道徳教育の今後

道徳教育の教科化を、ということで文部科学省が動き出し、新聞やニュース番組では社説、特集を組み注目を集めている。
そもそも、道徳が教科化をしようとなったのには、いじめ等の子どもの心の問題があったわけですが、現状でも小中学校では道徳の時間が時間割に含まれています。
それでは不十分である、と判断されたのには、道徳の形骸化という問題があるようです。
道徳の時間を使って、国語や算数といった教科を実施している学校が多いとのことが調査で分かり、それを防ぐために、ということのようです。
しかし、果たして道徳の授業を行ったからといっていじめはなくなるのか、というところも議論になっています。
命は大切だ、他人には親切に、というようなことは、教科書で教えるものではなく、家庭を含めた生活の中で教えるものなのではないか、という意見も多いようです。
小中学生に調査をしたところ、いじめはしてはいけない、ということについての知識は十分あり、その上でいじめを行っている、というところが現状のようであり、知識を教えるだけでは問題の解決に至らないという指摘もあります。
また、教える側である教師にも不安が大きいようです。
モラルを教える、人としてのあり方を教える、ということの難しさは、絶対的な正解がないことにあり、そこに絶対的な正解を作ろうとすることは洗脳にもつながるのではないかという意見もあります。
そして、評価に関しても難しい問題があるようです。
道徳を教科化するということは、評価をつけなければならなくなります。
しかし、道徳が心や文化と密接にかかわるものである以上、点数にはなりませんし、心に点数をつける資格が果たして先生という一公務員にあるのかというところも議論になっています。
現在、評価については点数や数値をつけるのではなく、コメントをつける方向で意見がまとまりつつあるようですが、そのコメントを書くことになる教員の負担はさらに大きくなることが予想されます。
今後、更なる議論を経る必要がある、というのが一致した見解のようです。